萌海文書

オタクの文章がたまに載る

あさひ「冬優子ちゃん見てこれセミっす!」 冬優子「ヴァッッッッ」



 

「ちょっとあさひ!そこらへんで変なもん拾うなって最近注意したばっかでしょ!アンタ自分がアイドルなのわかってる?ファンに見られたらどーすんのよ!?」

 

「えー、でもこれ変なもんじゃなくてセミっすよ?冬優子ちゃん。かっこいいっす!」

 

「いいからさっさとその辺の木にでもくっつけてきなさいよ…愛依も待ってるだろうし、さっさと行くわよ!」

 

「はいーっす」

 

私とこのガキ...もとい芹沢あさひは大体いつもこんな調子だ。アイドル事務所にスカウトされて、なんだかんだあってアイドルとしてW.I.N.G.優勝を目指すことになったまではよかった...けどまさかユニットを組まされて中学生(このガキ)の面倒まで見させられるとは思ってもみなかった。おかげでいつもペースが乱されっぱなしだ。一体何考えてんのよ、プロデューサーのヤツは。うまい具合にはぐらかされてコイツのお守りを押しつけられたけど、やっぱりいつか一発ぶんなぐってやる。

 

とはいえ、あさひのアイドルとしての実力が本物なのもやはり事実だ。私とあさひ、そして愛依の三人で構成されるユニット「ストレイライト」の知名度が上がったのは、あさひのステージ上での活躍によるところが大きい。実際、「ふゆ」を作るためにそれなりにたくさんのアイドルその他を研究してきた私から見ても、あさひの実力、そしてステージ上でのスター性は有象無象のアイドル達から一線を画すものがあると思う。気に入らないけど。本当に気に入らないけど、センターを背負うだけの実力があさひにはある。夏のイベントの時だって、やり方さえ間違えていたけれど、他のアイドルのダンスをその場でコピーするなんてことをやってのけた。そんなことができるのに、あさひは“上手くやる”ということを知らなさすぎる。今後もコイツのこういう面はユニット活動をしていくうえで間違いなく厄介この上ないだろう。今から頭が痛い。まぁ、コイツにあのときのようなまっすぐさを失ってほしくない私がいるのも事実なんだけど。

 

そんなことをなんとなく考えながら歩いていたら、待ち合わせの場所に愛依を見つけた。愛依はどこかアイドルとしての自分を私とあさひから遠ざけているというか、一歩引いているような雰囲気があったけど、ゴールデンアイドルフェスあたりからそんな様子があまり見られなくなった気がする。あの時、愛依をセンターにした写真を撮ったのが少しは効いたのかもしれないな、と思った。

 

「おっす~冬優子ちゃん!」

 

「おはよ…プロデューサーは?」

 

「道が混んでるとかでちょっと遅れるって。それはそうと.……」

 

なんだろう?愛依が私の後方に視線を少し向けて、それから若干苦笑いしながらこう言った。

 

「あさひちゃんは?」

 

 

最悪だ。ちょっと目を離したらすぐこれだ。あのバカはっ!

脳内で悪態をつきながら、今来た道を急いで引き返す。幸いプロデューサーはまだ遅れてくるようだし、まだ時間はある。急いで探さないと。

 

さっきあいつがセミを捕まえたあたりまで戻ってきた。だけどここまで影も形も見ていない。念のため愛依には別の道から探しに行ってもらったが、そっちに行ったのだろうか。大きめのため息を一つ吐き出してから、愛依に電話をかけてみようとした矢先、愛依のほうから電話がかかってきた。

 

「愛依?見つかっ「冬優子ちゃん?どうしよう、あさひちゃんが-----------」

 

そこから先は、正直よく覚えていない。

唯一今でも耳に残っているのは、

 

「あさひちゃんが…車に轢かれたって…」

 

という、不安や焦燥、それに絶望を滲ませた愛依の声だけだった。 

 

 

「今日は来てくれてありがとう。二人に来てもらったのは、これからのストレイライトをどうしたいか聞きたいと思ったからなんだ。」

プロデューサーはそう言って、私と愛依の前にお茶の入ったコップを置いた。この事務所に来るのも久しぶりだ。いつもの部屋が、なぜだか少し懐かしく感じる。対面のプロデューサーの顔は、見ないうちに少しやつれたようだった。声のトーンもいつもより若干落ちている。流石にコイツでも今回の件は色々応えたらしい。

 

あさひは、事故から三日後に死んだ。あっけなく、あいつは私の前から姿を消した。それからしばらく私と愛依には臨時の休暇が言い渡されていたから、愛依と顔を合わせるのも久しぶりだ。

 

「うちは…続けたいと思う。きっとあさひちゃんなら、そうすると思うし。」

 

先に言葉を紡いだのは愛依のほうで、でも私と答えは真逆だった。

 

「私は反対よ。今から私たちが出て行っても、きっと芹沢あさひの残りカスとか、面白おかしくメディアに取り上げられてそれで終わりよ。いっそ、アイドルも廃業するべきかもね。」

 

きっと、じゃない。間違いなく、私と愛依は「残りモノ」のような扱いを受けるだろう。確かに私たちも知名度が伸びてきているし、芹沢あさひ「だけ」じゃないユニットだという認識になりつつある。事実私と愛依の人気も、エゴサとプロデューサーの言葉から把握できる限りでは徐々に上がってきている。けれど、まだストレイライトにおいて「芹沢あさひ」の存在は大きかった。それこそ、あいつが抜けたらユニットの人気がガタ落ちしてしまうほどに。でも、そういう打算とは別に、自分でもどうしてここまで気持ちが沈んでいるのかはわからなかった。

 

「二人で真逆の意見か…。正直、二人ともまだ落ち着き切ってはいないだろうし、まだ早いとは思うんだが、もし活動を続けるなら復帰は早いほうがいいと思ってな…」

 

プロデューサーはそこまで言ってから、言葉を宙に浮かせたままにした。当然、コイツもコイツで気持ちの整理がつかないところがあるんだろう。少しの間、外から聞こえてくる車の走行音や、鳥のさえずりが私たちを静かに包んだ。

 

「二人で意見は真逆のようだし、お互いの意見を踏まえてもう2,3日改めて今後どうするか考えてきてみてくれないか?この問題はできるだけ二人で納得できる答えを出してほしいんだ。でも、俺が今後の二人がどういうアイドルになっていくのか見たくないと言ったら、それはきっと嘘になることは二人に伝えておこうと思う。」

 

それからは誰も喋りだすことなく、次の仕事があるプロデューサーが席を外したタイミングで私たちも事務所を出た。外はまだあいつ(あさひ)を思い出すようなうっとうしい熱気に包まれていて、セミの声も微かにまだ聞こえていた。

 

「じゃ、また」

 

「待って冬優子ちゃん!」

 

「愛依?」

 

大きな声に少し驚いた。振り返って愛依の方をみると、まるでどこかに書いてある答えを探すかのように、せわしなく目線を上下させていた。

 

「愛依…?」

 

私は再び愛依に疑問符を向けた。ユニットでまだやっていきたいと言いたいんだろうか。さっきの様子を見る限りだと。だけど、

 

「ん…いや、やっぱなんでもない。また今度ね、冬優子ちゃん。」

 

と、結局愛依はそれだけ言って寂しそうな笑顔を浮かべた。

 

「わかった。また三日後に。」

 

私はそれだけ言って、今度こそ事務所を後にした。

愛依から急にメッセージが送られてきたのは、それから二日後のことだった。

 

 

 

 

「ごめんね冬優子ちゃん、急に呼び出して。」

 

「別に、暇だったから気にしなくていいわよ」

 

愛依から話したいことがあるから会えないか、という旨のメッセージを受け取ったのは今朝のことだ。急ではあったけど、アイドル活動が完全に休止中で、夏休みで学校もなかったからすぐにOKの返事を出して身支度を整えた。正直私の意見はあれから変わってなくて、内心では行くのがちょっと嫌だった。でも、事故以来愛依がメッセージを飛ばしてくるなんて初めてのことだったから、行かないわけにもいかなかった。私も心のどこかで愛依と二人で話したいと思っていたのかもしれない。

                

「で、話ってなんなワケ?」

 

私から話を切り出す。愛依とは事務所近くの喫茶店に集まることにした。漸く秋の兆しが見え始めたらしく、外は二日前より比較的涼しかった。二人で飲み物を頼んで一息つく。

 

「うち、あれからいろいろ考えたんだ。あの日、事務所の前で冬優子ちゃんにうちは何を言いたかったのか。プロデューサーにこれからのことを聞かれた時も“あさひちゃんならそうすると思う”で片付けちゃったけど、うちが自分の意思でどうしたいのか。時間をかけて、整理してみた。」

 

「そう」

 

「うん…だから、聞いてほしい。」

 

「わざわざあんたに会いに来て何も聞かずに帰るワケにもいかないでしょ…話して。」

 

「ありがと」

 

ふーっと、愛依が長く息を吐く。なんとなく、私たちの間を漂う空気が切り替わった気がした。表情も、いつもしているそれとは違う、ライブ前に見せる真剣なものになっていた。

 

「うちは、やっぱりアイドルを、ユニットを続けたい。この前とは違くて、はっきり自分の意思でそう思う。理由は…ストレイライトが消えてなくなっちゃうのが嫌だな、とか、もしうちが死んでも二人にはアイドルやっててほしいって思っただろうな、とか、ストレイライトとしてアイドルの頂点目指すって言ったのにまだできてないな、とかいろいろあるんだけど…でも、この前冬優子ちゃんが言ってたみたいなキツいことにはなるのかもしれないなーって。あさひちゃん、やっぱすごかったし。うち、冬優子ちゃんほどゲーノー界のことよくわかってないからさ…」

 

そこで愛依はいったん言葉を区切った。「ねぇ、冬優子ちゃん。」

 

「それでもうちは、冬優子ちゃんとアイドルがしたいよ。」

 

その言葉に驚いて、愛依の目を見た。愛依の目は、まっすぐと私を見つめている。まっすぐと私を見つめて、離さない。きっとこの目は「ふゆ」じゃない私を見ているんだと、なぜだか素直にそう思った。そして、愛依の言葉を嬉しいと感じる自分がいることにも気が付く。私は愛依のこういうところにこれまでも助けられていたのかもしれない。

 

「なんて、結局うちのワガママになっちゃうんだよね。」

 

苦笑いとともに、愛依はそう締めくくった。

 

「私は…」

 

そこまで言って、口を噤んだ。言葉がうまくまとまらない。愛依から受け取った言葉が、思いが、確かに響いて、私が目をそらしていたモノが顕れてくる。グラスの氷が解けて、からんと透明な音を立てた。

 

「明日、私のこともちゃんと話すわ。だからまた明日ね、愛依。」

 

「わかった」

 

そのあとはすぐに店を出て、愛依とも別れた。電車に乗って地元まで戻ると、ちょうど日が沈む時間になって、太陽が昼間よりも紅く見えた。セミの声は、もう聞こえない。

 

 

 

「愛依の気持ちは分かった。ユニットを、ひいてはアイドルを続けようと思っていること、素直にうれしく思う。ありがとう。次は冬優子の話を聞かせてくれ。」

 

翌日、私たちは三日前のように事務所に集まった。前と違ったのははづきさんが紅茶を淹れてくれたことぐらいで、最初に話したのも変わらず愛依だった。

 

「冬優子ちゃん…?」

 

愛依が心配そうに何も言わない私を見た。大丈夫、腹くくっただけよ。そう心の中で呟いて、とうとう私は話し始める。

 

「愛依と話してあれからいろいろ考えたわ。ユニットのこと。アイドルのこと。あさひのこと。それで分かったわ。本当に癪だけど、アイツが死んでショックを受けるくらい私がアイツを認めてたってことがね。私は、アイツを超えたかった。アイツにどんなにすごい才能があっても、いつかは私が超えてやるんだって。でも、アイツは死んだ。散々人を振り回しておいて、死んだ。最初はこの感情が何なのか分ろうとも思わなかったし、わからなくてもいいと思ってた。だけど昨日愛依と話してようやく気持ちの整理がついたわ。」

 

大きく息を吸う。こんなに自分の感情をさらけ出したのは、いつ以来だろう。W.I.N.G.のオーディション以来かもしれない。嫌だ。こんな感情は自分の中にしまっておきたい。声の震えを勘付かれたくない。それでも。それでも、「私」を見ているこの二人には、ちゃんと話しておきたかった。

 

「結局、私たちストレイライトはライバルだった。ライバルだけど、友達だったってことよ。」

 

愛依もプロデューサーも驚いた顔をしている。何よ、いい友達になれそうだのうちらもう友達じゃん?とか言ってたのはあんた達のクセに。心の中でだけそう毒づく。

 

「アイツが死んでも私のアイドルとしての目標は変わらない。なのに、どうしてあんなにユニットとして、アイドルとしてステージに立つのが嫌だったのか、自分でもよくわかっていなかったわ。でも、今ならわかる。きっと私は、アイツのいないステージに立つのが怖かった。私たち二人でステージに立って、アイツがいないことを実感するのが怖かった。芹沢あさひが私の前からいなくなったことを認めたくなかった。多分、そういうこと。」

 

沈黙が流れる。その沈黙に、私の答えを描き出す。

 

「それでも、やっぱり私はアイドルを続けたい。だからアイツが死んだことも、この先の困難も全部、全部乗り越えて、誰よりも強い、誰にも負けない「ふゆ」になってやる。」

 

「「それって…」」

 

愛依とプロデューサーの声が重なった。二人とも、どこか嬉しそうな顔で私を見ている。

 

「ユニット、続けるわ。もちろんアイドルも。ちゃんと復帰はできるんでしょうね、プロデューサー?」

 

「ああ、もちろんだ。すでに何件かオファーはもらってる。ただ、冬優子が前にも言っていたように、心無い扱いを受けることもあるかもしれない。できる限り俺の方でも仕事を選ぶ努力はするが、大丈夫か?」

 

さっきまでの明るい表情から一転して、真剣な表情で心配される。でもまぁ、ここまで渋ってたのは私だししょうがない。だから、そんな心配はいらないんだと笑って見せる。

 

「言ったでしょ、乗り越えるって。そうじゃないと私がなりたいアイドルになれないんだから。それより、愛依の心配もしてあげた方がいいんじゃない?」

 

「え、うち!?ま、冬優子ちゃんが一緒なら大丈夫っしょ!」

 

こんなに軽いノリで愛依が話すのを聞くのは久しぶりだ。きっと私の心配をしていたせいもあるんだろうし、いつかこの借りは返してやろうとそっと誓った。今回一番の功労者は、きっと愛依だから。

 

セミの声はもう聞こえない。けれど、私はその季節を覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某某に寄稿したやつなんですけど褒められてうれしくなっちゃったので載っけました。SS書くのは初めてだったので色々読みづらい部分等々あったこととは思いますが、ここまで読んでいただきありがとうございます。(Pの顔つき)批判は一切受け付けません。(メンタルが弱いので)

                               

                                  たちばな